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彼はとても優しい子で 


 CSVPで樹イ鎖くんとナギで小話。
 マイペースで動じないナギと、思春期まっただ中だけど根はとても良い子な樹イ鎖くん。的な。


「よし、樹イ鎖は終わりだな」
 どこも悪いとこなかったぞ、ちゃんと好き嫌いしないで食べてるんだな、偉い偉い。
 と、影之は慣れた手つきで少年の金の髪を軽く撫でる。
 それを鬱陶しそうに手で払い、少年は気怠そうに研究室の出口へ足を向けた。
「すのもわるいとこないよ!! かえる!!」
「すのはこれからだ。ほら、採決するからじっとしてろ」
 やーだーっ、と後ろから妹分の悲鳴が聞こえるのを、少年は少しだけ目を眇めてドアノブに手をかける。
「すの、あんま影之困らせんじゃねえよ」
 ぶっきらぼうなその言葉を、妹分は果たしてちゃんと聞いていたのか。
「おいこら!! すの、逃げるな!!」
「ちゅーしゃやだー!!」
 後ろから響く足音と叫び声から、おそらく自分の言葉なんて聞いちゃいないのだろう。
 少年は深いため息を一つつき、ゆっくりと研究所から出て行った。



「あー、調子出ねえな……」
 定期検診、という名の研究協力はだいたいいつも終わった後気分が重い。
 それは血を抜かれたり投薬されたり、というのもあるのだろうが一番の原因は長時間拘束されることだろう。
 少年はそれがなによりも嫌だった。ああ、いつもならマキのところで勉強している時間だというのに。今日はもうそんな気分じゃない。
 勉強は好きだ。自分がこの先、生きていくための知識と知恵を得られるから。
 研究協力は嫌いだ。自分にはなんの利益にもならない。
 はあ、と気怠いため息を一つつく。今日はこの後どうするか、と左耳のピアスを指先で撫でながらぼんやり考える。
「樹イ鎖くん。定期検診まだやってますか?」
「……おい、なんて格好してんだよ!!」
 不意に、後ろから聞き慣れた声がしたので振り向いた。
 振り向いた先には、頭のてっぺんから靴の先までびっしょり濡れたナギが立っている。
 理由は容易く察せるが、どうしても真っ先に口から出たのはその姿への追求だった。
「ああ、いつものことですからお気になさらずに」
 びちゃびちゃと髪の毛から水を滴らせ、ナギは平然と言いのける。
 少年――樹イ鎖は、そんなナギが理解できなかった。
 ナギがこんなことになっているのは、恒例になっている強硬派からの嫌がらせだろう。だろう、というか、そうに違いない。
 樹イ鎖には納得できない。ナギは吸血鬼だ。その身体能力があれば、まず人間の嫌がらせなんて容易く回避できるだろう。抵抗だってできる。
 だが、ナギはそれをしない。力があっても、それを決してしない。
 なんで、と以前問いかけたことがある。そのときナギは、へらりと笑って言ったのだ。
「椎那さんと約束してるので」
 椎那、とは人間のハンターだ。ナギはこの椎那をいたく気に入っている。
 いったいどんな約束なのか、そこまで聞いたことはない。が、樹イ鎖はいつも思う。
「お前、悔しくないのかよ」
「まったくこれっぽっちも」
 そしていつも、こんな風に即答されるから苛立つ。
 分かっている。強硬派とは、変に波風立てない方が良いということを。
 ただでさえ穏健派は少数派であり、なまじナギは吸血鬼だ。
 そんな異端な存在が、今ギリギリ保たれている協会内のバランスを崩すのはとても容易く、故にナギは抵抗もしなければはねのけることもしない。
 頭ではそういう風に理解できているが、感情が追いつかない。だから納得できない。
「今回はラッキーでした。シャワー浴びる前だったから二度手間にならずに済みます」
「そういう問題じゃねえだろ!!」
 へらり、といつものようにナギは笑う。
 それに思わず声を荒げてしまったのは自分がまだまだ子供だからだろうか。と、樹イ鎖は思った。
 なんでナギがこんなことをされて平然としていられるのか分からない。
 悔しいとか、腹立たしいとか、そういう感情がないのだろうか。
 いいや、そうじゃない。ナギにはナギの考えがあって、そういう芯が真っ直ぐ通っているんだ。
 樹イ鎖は、そこまで頭で理解している。ただ、納得できないだけで。
「とにかく、それどうにかしろよ」
 結局、いつものようにハンカチをナギに押しつける。小さなハンカチでは間に合わないが、無いよりはマシだ。
 ナギは一つ礼を言い、濡れた顔を拭く。今回は水を被されただけのようで、少しだけホッとした。この前は、何かを投げつけられたらしく流血しながら歩いてきたのだから。それでもへらりと笑って「なんともないですから」なんてぬかしたのだからどうにもならない。
「樹イ鎖くんは優しいですね」
「お前がおかしいんだ」
 樹イ鎖はそこまでナギのことを知っているわけではない。
 ある日突然協会にやってきて、ハンターになった吸血鬼。
 相棒である機械人形に尋常じゃないくらいの愛情をそそいでいる吸血鬼。
 そして果てしなくマイペースであり、自分の道をしっかりと歩いている。
 樹イ鎖は、そんなナギのマイペースな部分が少しだけ羨ましい。
 だから、こんな風にいつも余裕そうなナギに対して苛立つのかもしれない。
「ナギ!! こんなところにいたのですか……」
 遠くから、ナギの相棒である機械人形が走ってくる。人間よりずっと小柄なそれを、クラスト、と嬉しそうにナギが呼んだ。
 樹イ鎖はそっと踵を返す。あとは、いつも通り。クラストがナギを連れて研究室に行くのだろう。
「樹イ鎖!!」
 立ち去ろうとする樹イ鎖を、クラストが呼び止める。
「ありがとうございます」
「……別に」
 なにもしてねえし、と小さく続ける。
 それにクラストは赤いアイセンサーを緩やかに和らげた。
「いいえ。樹イ鎖はナギを心配してくれました」
 私はそれが嬉しいです、とこともなげにクラストが言うのだから、樹イ鎖は居心地が悪い。
 心配、はしたけれど。
 いつもみたいに、勝手に苛立って、声だって荒げた。
 だから、別に。お礼なんて言われる筋合いもないのに。
 顔をしかめる樹イ鎖に、クラストとナギは顔を見合わせる。そして、いつものように。ナギが樹イ鎖に歩み寄った。
「ありがとうございます」
 私を心配してくれて。
 と、へらり、ではなくて。ふわり、と笑って言うナギに樹イ鎖はなんて返したらいいのか分からない。
 ただ、無言で研究室を指さして「とっとと行け」と訴える。
 それに頷いて応じるナギと、優しい光を湛えて見つめるクラストを交互に見て、樹イ鎖は走り出した。

「あ、ハンカチ返すの忘れた」
「ちゃんと洗って、樹イ鎖に返しましょう」
 うん、そうだね。
 そうに頷くナギの顔がとても優しく見えたのは、視覚センサーの異常ではないだろうということをクラストは知っている。


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